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占いで迷いを

2年前から、私の部署に異動してきた上司が経営ビジョンもビジネスマナー、一般常識、顧客意識など何かと欠けていて、人生に迷いました。
このまま、この会社にいてもいいのかな?と本心から迷いました。
私には大切な家族がいますから、「このままではこの部署がつぶされてしまう!」と危機感を持ちました。
それくらい、ビジネス感覚のない人でしたから、私の同僚や後輩も不満を漏らしていました。会社の帰りに、同僚や後輩と飲みに行くと上司の愚痴ばかりでした。どうやら、会社の上層部も私の在籍する部署に送り込み、責任を取らせる形で退職させようとしているようでした。
しかし、そんなことされたら私の部署のみんなは困ります。こんな、閉塞感のときにネットの占いを片っ端から見ていました。とにかく、簡単に見れるものに頼りたかった、何かにすがりたかったのかもしれません。
インターネットの無料の占いですから、当たろうと外れようと、結果はどうであれ少しだけポジティブに物事を考えることができるようになったと思います。
なかには、「将来、出世すること間違いなし!」みたいな事が書かれていることもありました。

そのようなポジティブな結果をみたときには、「自分は将来、間違いなく出世できるんだ!」と自分を奮い立たせて仕事に望みました。問題の上司とは、できるだけ衝突しないように、自分が下手下手に出ることを常に意識しました。
「人間にはいろいろな人がいるのだから、このような人とうまく関わることができれば、自分が成長していくことができる!」と考えて、インターネットの占いのポジティブな面だけを信じて、仕事に取り組みました。
そんなとき、たまたまみたインターネットの占いで「新たなビジネスチャンスの到来」とかいてあるものを見つけました。

半信半疑でしたが、その2日後に、本当に新たな取引先と良いビジネスのお話をいただくことができました。
このとき、「インターネットの占いは、本当に当たるものもあるんだ!」とただ、驚くばかりでした。
その後も、少しずつ新たなお仕事をいただいて下ります。結局は、占いの結果が良くても自分が努力しなければ良い結果を得ることはできないと再認識することができました。
もし、次に同じような出来事があったときには、インターネットの占いは使わないし、信じないと思います。
次に占いをするときは、易者さんなどの本職の占い師に鑑定してもらうかもしれません。
実際に自分でお金を払って鑑定してもらったほうが、結果のありがたみに違いが出てくると思います。

 

それで、今度行こうと考えているのが、

町田 占い ジョルナ です。

 

ついでに、易者さんには出世運だけでなく、金運や健康運、それから恋愛運(既婚者ですが)なんかも、鑑定してもらおうかな?と考えています。
特に、健康運については年齢的にも、注意しなければいけないですからね。
もちろん、健康診断などもしっかり受けるつもりですが、人生何があるかわからないじゃないですか。

 


何でも楽しかった少年時代

私の子供時代の家族構成は5人家族で、祖母、父母、姉と私の5人でした。
その当時私たちが住んでいた場所は東京の中部あたりで都心までは電車で約1時間くらいで、東京のイメージに合わないでしょうが水と緑と自然に囲まれた場所でした(東京の西半分は緑豊かで意外に自然が豊富なんですよっ!(笑))し、かぶと虫やくわがたに不自由したことが無く、堆肥と呼ばれる落ち葉を集めたところにかぶと虫は卵を産むのでそこを探したらかぶと虫の幼虫がたくさん出て来たので鳥獣店に売りに行ったら「いらない」と言われたのは今となってはいい思い出です(笑)。
祖母はもう相当高齢だったのであまり話した記憶はなく、父は仕事人間で叱られてで、母も躾には厳しかったのです取り合えず私が悪いというスタンスの人で、姉も弟を持つ姉なので性格がキツくいつも些細なことで喧嘩ばかりしていて頭から水をかけられたり分厚い少女マンマの本を投げつけられたりしていました(まあ、ただの兄弟喧嘩なのですが(笑))。
父の職業は建設会社のサラリーマンで主に現場監督をしていて、趣味はゴルフとマージャンでした。
母親は専業主婦で趣味はママさんバレーなどをしていましたが、性格はとても楽天的でしたが躾は厳しかったです。
祖父は私の生まれる前に死んでいてこの世にはもう既にいなく、祖母は温和というかとても高齢という感じでした。
姉は1つ年上の年子で性格はキツくあまり優しい姉ではありませんでしたが、成績やクラブ活動の方は私が全く興味が無かったせいか覚えていません。
とにかく、子供時代少年時代というのはTVが面白く、私はウルトラマンが大好きだったので朝6時からのウルトラマンの再放送を見ていたのですが、TVが両親の寝床にしか無かったので親父に「うるせえっ!」と怒られ、今度はイヤホンをして観ていると「明かるいっ!」と怒られてイヤホンをして毛布をTVの上から掛けてウルトラマンを見ていましたのも今となってはいい思い出です。

嬉しかったのは毎週日曜日の早朝に父親がイヤイヤながら釣りに連れて行ってくれることで釣りから帰って来て朝9時頃だと思いますがTVの「マチャアキ海を行く」、「スター誕生」を見るのが楽しかったです。
その他に釣りの帰りに父が漫画「アスロト球団」の単行本を買ってくれるのでそれも嬉しかったです。
小学校5年生の時に毎週日曜日の朝から起こされて釣りに連れて行かされるのに父が嫌気がさしたみたいで有無を言わさずリトルリーグ(少年野球)のチームに入れられたことが悲しかったです(日曜は釣りもしたかったし、私は野球をするのがあまり好きではなかったので)。
その他に楽しかったことと言えば、日曜の朝は家族4人でマージャンを毎週していたのが楽しく、土曜の夜の日本昔話、クイズダービー、ドリフ、Gメン75、日テレの西遊記orちょっとマイウェィ、土曜ワイド劇行、ウイークエンダー、横溝正史シリーズ、日曜の夜8時からはドラマ「俺たちは天使だ!」を観てから寝るなど本当に子供時代、小学生時代はTVを観ることが楽しかったです。
昔のテレビが楽しかったというのは娯楽の少ない時代であり思い出補正もあると思いますが、子供の頃というのは何をしても楽しかったと思います。
私の父の兄弟は8人兄弟だったのですが、私の父だけが会社に就職したので長男でないにもかかわらず祖母は私の父に老後の面倒を見てもらいと思い父を我が家の跡継ぎに決めたそうです。
私は気ぃ使いっ子だったので学校から帰ると必ず祖母に会いに行き、大晦日でも祖母の部屋で祖母と2人でこたつにあたりながら紅白歌合戦を観ているような気のやさしい子供だったのですが、その祖母も晩年はすっかりボケてしまい私が高校生の時に死んだのですが、一人で祖母の介護をしていた母が臨終の席に居合わせることができずに号泣していたのを見た時にとても悲しかったのを今でも覚えています。