足立区立保木間小学校

私が通っていたのは、東京都足立区に有ります、「足立区立保木間小学校」です。
私は小学校のすぐ隣の団地に住んでいたので、小学校までは徒歩約10分で、道も見通しの良い1本道でした。特に目印となる建物はなかったのですが、近くには、「保木間公園」」という大きな公園があり、帰り道に良くそこで遊びました。
外で遊ぶのがとにかく大好きで、少年サッカーチームに所属していたこともあり、1番得意な科目は体育でした。運動会の学年選抜のリレーの選手には6年間ずっと選ばれました。体育のほか、音楽、図工といった実技の課目は得意だったのですが、それとは対照的に、教科書を使う課目は本当に苦手でした。特に、算数は本当に苦手で、数式がなかなk覚えられずテストの点数が毎回低くて、その度に「もっと勉強しなさい」とよく親に怒られました。
同級生の男女比は約半々で、ゲームが得意な「名人」と呼ばれる男の子、クラスの盛り上げ役だった話のおもしろい「ヒロくん」という男の子、体が大きくて余った給食をどんどん食べる「ジャイアン」というニックネームの男の子、背の高くて豪快な「ちーちゃん」と呼ばれる女の子と、個性溢れる子がたくさんいました。隣のクラスには子役として劇団に所属している子もいました。その中で私は特に特徴があるわけでもない「至って普通の子」でした。
担任の先生は「古沢先生」という男性の先生で、千葉県出身でJリーグの柏レイソル大好きで、いつも授業の最初に柏レイソルの話をしてから授業を始める先生でした。午前中に1回、午後に1回ある20分休憩の時間では真っ先に校庭へ行き、私たちとドッジボールやサッカーなどをして遊んでくれ、授業中も絵を描いての説明を織り交ぜて教えてくれるようなとても丁寧で情熱のある先生でした。その絵が本当に下手で、先生が絵を描いて説明するとクラス全員で笑ったのが良い思い出です。
そんな小学校で1番楽しかったのは運動会です。運動、特に短距離が得意だった私は個人の徒競走でも1位をとり、学年のリレーの選抜の時には一気に3人を抜いたこともあります。そんな運動が得意な私のために、父母姉、そして時には田舎の長野から叔父や従兄弟が見に来てくれました。運動会の話をしながらお弁当を食べたという当たり前で何気ない日が本当に楽しかったです。
一方本当に嫌だったのは授業参観です。教科書を広げての勉強が苦手だったために、先生から当てられても答えられず、答えても正解することはほとんどなく、その度にみんなに笑われ、恥ずかしい思いをしました。
そんな小学校生活の1番の思い出は6年生の時に行った「日光・宿泊教室」です。みんなで一緒にカレーを作り男女ペアで肝試しに行き、みんなでお風呂に入ったのが初めての体験で、且つ、本当に楽しかったです。寝る前には部屋で定番の「好きな人」の話をしました。私には「なおちゃん」という好きな子がいたのでそのことを話すと「なおちゃんが」のことを好きな子が他にも2人いたのは驚きでした。
中学校は保木間小学校のすぐ隣にあった「足立区立六月中学校」に進学しました。保木間小学校からはほとんどの子がこの中学校に進学したので、小学校から仲の良かった友達に加え、他校から来た新しい友人もでき、楽しい時間を過ぎしていきました。

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